和装小物 > 当店の歩み

1775年(安永4年)布屋清兵衛の屋号で呉服太物商を創業。
「明治末の写真このころ道歩く人は日本髪に着物姿でした。
左側に当時の店舗の暖簾が見えます」
江戸時代後期には半襟(はんえり)を中心に和装小物を扱うようになり、屋号も「ゑり正(えりしょう)」とあらため、今に続いています。
江戸時代後期には半襟がお洒落の最大のポイントとなったため、その頃から半襟の充実している和装小物の専門店は屋号の頭に 「ゑり」の二文字を付けるようになりました。 しかし、第二次大戦後その屋号のお店は殆どが呉服屋に転向され、今では小物中心の店は日本中でも数軒しかございません。
又、当店では1954年(昭和29年)に日本で始めてFitting Roomを備えたLingerie、Foundationの専門分野を併設し、50年の経験を生かしたそのFitting技術は定評があります。さらに、1963年からFoundationだけでなく、Night WearやUnder Wearも世界の一流メーカーから直輸入をし、サイズも豊富に取り揃えております。
ベーシックなものからオシャレなものまで揃う和装部も洋品部もその品質と価格にはきっとご満足いただけるでしょう。
各アイテムをごゆっくりお楽しみいただき、お気軽にお問い合わせくださいますようお待ち申しあげます。
代表取締役 浦田 充靖
弊店の沿革(ゑり正の歴史)
1775年(安永4年)
初代 浦田清兵衛
屋号「布屋清兵衛」として木綿太物商を創業
初代 浦田清兵衛
屋号「布屋清兵衛」として木綿太物商を創業
1888年(明治21年)
五代 浦田清兵衛
卸商「布屋清兵衛」の屋号を小売商「ゑり正」に変更
五代 浦田清兵衛
卸商「布屋清兵衛」の屋号を小売商「ゑり正」に変更
1908年(明治41年)
六代 浦田清造
半衿、和装小物に加え、創作高級呉服の小売商「ゑり正」に専念
宮内庁御用を承り、それを機に車両通行可能な現在地に本店を移し、新京極店を支店とする。さらに神戸三宮にも支店設立。
六代 浦田清造
半衿、和装小物に加え、創作高級呉服の小売商「ゑり正」に専念
宮内庁御用を承り、それを機に車両通行可能な現在地に本店を移し、新京極店を支店とする。さらに神戸三宮にも支店設立。
1925年(大正14年)
6代目店主浦田清造がパリ万国博覧会に出展受賞
6代目店主浦田清造がパリ万国博覧会に出展受賞
1937年(昭和12年)
七代 浦田正三 「ゑり正」を継承
1949年正三没後、妻静子継承
本店以外を閉鎖。呉服部門と外商部門を廃し、江戸期からの商いである半襟、和装小物を中心に店頭販売のみとする。
七代 浦田正三 「ゑり正」を継承
1949年正三没後、妻静子継承
本店以外を閉鎖。呉服部門と外商部門を廃し、江戸期からの商いである半襟、和装小物を中心に店頭販売のみとする。
1963年(昭和38年)
半衿を中心にオリジナル商品の開発に推進
半衿を中心にオリジナル商品の開発に推進
1972年(昭和47年)
日本全国のデパートで展開される京都の老舗展に出展を開始。
日本全国のデパートで展開される京都の老舗展に出展を開始。
1987年(昭和62年)
現店舗を新築
現店舗を新築
1988年(昭和63年)
八代 浦田和直 継承
店内に自社加工品部門創設
八代 浦田和直 継承
店内に自社加工品部門創設
1994年(平成6年)
有限会社 ゑり正 設立
浦田和直 代表取締役に就任
有限会社 ゑり正 設立
浦田和直 代表取締役に就任
1999年(平成11年)
インターネット、ホームページを開設
インターネット、ホームページを開設
2020年(令和2年)
九代 浦田充靖 代表取締役に就任
九代 浦田充靖 代表取締役に就任
現在にいたる
京都寺町本店
京都寺町本店









